一番下は5才双子。6人のママの大切な日々

6人の子供を一人で育てています。あなたの味方メインサポーター

Back To The Future....

 

昨日は、1993年:高校1年の夏、アメリカに行ったってお話をしましたが

問題はその後ですよ

 

6mama.hateblo.jp

 

進学校だったから夏休み20日間おやすみしますって
簡単に認めてもらえず、わざわざ両親が高校まで説明に出向きました。
(片道自家用車で1時間田舎のクネクネ道をね)
そしてどんな話をしたのかは覚えてないけど
アメリカでも毎日勉学に励むことを誓わされて
学校のOKをもらったのでした。

 

当時の私の成績は1学年10クラスあって多分420人(ぐらい)中149位。

2年生になると上位80名は文系、理系の各【アッパークラス】に分けられる
ことになっていました。そのクラスに入れば、公立の大学はほぼ確定。
私は家の経済状況と、自分の将来を考えると、そのクラスに入らなければならないということは
理解していました。
となると1年生の夏はどうしても力を抜くなんて考えられません。

 

ただ、この渡米計画を聞いた時からその不安は全くありませんでした。

 

 

なぜなら

 

 

一緒にアメリカに行く親戚のお姉さんは
同じ高校からほぼ(多分)首席で医学部に合格した人。
幼少期は国境なき医師団の父親についてアフリカ、アメリカ、各地を
転々と過ごした帰国子女。

20日間、勉強をみてくれることになってたので!

 

そして実際、毎日数学と英語をみっちり勉強❤️

 

 

そして帰国後の最初の試験。

 

 

 

 

私は学年24位という成績を叩き出し!
(いや、大したことないかもしれませんが。当時の私は
まあまあか。。。というぐらいにしか受け止めていませんでしたが。
今の私からはよく頑張った!と言ってあげたい。本当に。)
無事に2年生では理系アッパークラスに。

 

理系に行った理由は、文系の学部にも潰しが聞くからと
小耳に挟んだから。

理系にせっかく進んだなら、宇宙関係とかパイロットでも
目指すか。

アメリカ帰りの夢見る夢子はそう考えていました。

 

現実は全然甘くなく、今に至りますけどね!

 

 

 

ということで今日もここで
Back To The Future.

 

 

 

 

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